儒式祭典

儒式祭典

わが国では珍しい(中国の宋の時代に書かれた儒家の礼儀作法の本)により執り行われています。昭和55年(1980年)、市町村合併前の安曇川町から無形民俗文化財に指定されました。 藤樹先生の命日は明治6年1月1日から採用された太陽暦では元年(1648年)10月11日です。この日は太陰暦(旧暦)の慶安元年(1648年)8月25日に当たるので、儒式祭典は、太陽暦変更後も8月25日に行われていました。暦の変更や学校行事の一環として児童が参拝できるようにとの配慮から明治11年(1878年)から、ひと月遅れの9月25日に執り行われるようになりました。以後、9月の例祭として上小川村人により厳かに執り行われてきています。それまで祭典の形式はの形で受け継がれてきましたが、明治30年(1897年)の250年祭の時に京都のと氏の助言指導を受け、現行の形に定まりました。


式典の様子

今年度の式の様子(感染症感染予防のため、当財団法人の理事等で行いました。)

儒式当日の書院の門

序立(ジョリツ):隣室で祭官が手を清めます。

祭官が神前に並びます。賽主の後ろに助奠二人が、その横に助事。

啓門(ケイモン):助奠が、神前の張を上げます。

進饌(シンセン):進盥からの山海の幸を助奠が運び、賽主が神前に供えます。

読祝(トクシュク):賽主がご飯に箸を立て、酒と肴を勧め、祝文を読みます。

献茶(ケンチャ):賽主が茶と菓子を勧め、祭官四人が神前の脇に並び、参加者が焼香します。

撤饌(テッセン):賽主が進饌と逆順に山海の幸を下げ助奠が運び、進盥に渡します。

送主焚祝:祝文を隣室の火鉢で燃やし、礼をして終了します。